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旭川地方裁判所 平成元年(わ)255号 判決

本籍

北海道古宇郡神恵内村大字珊内村番外地

住居

同上川郡当麻町市街二区

医師

越膳義典

昭和三年四月一一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官小林英樹出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金二五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、医師として肩書住居地において越膳医院の名称で開業していたものであるが、同一銘柄の株式二〇万株以上の譲渡を行うなどして多額の所得を得ていたにもかかわらず、自己の所得税を免れようと企て、当該株式譲渡益の金額を簿外の普通預金口座に預け入れるなどの不正な方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和六一年分の実際総所得額が一億六九二九万五六九一円であつたのにかかわらず、昭和六二年二月二四日、上川郡当麻町中央一区一〇六番地所在の当麻町福祉会館において、同所に派遣された旭川市八条通一四丁目四一六七番地の一所在の所轄旭川東税務署係員三浦昭雄を介し、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額は三六三六万八七一〇円で、これに対する所得税額は一二九二万四〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億〇二九四万一二〇〇円と右申告税額との差額九〇〇一万七二〇〇円を免れ

第二  昭和六二年分の実際総所得額が五四八五万七三九三円であつたのにかかわらず、昭和六三年二月二三日、前記当麻町福祉会館において、同所に派遣された前記所轄旭川東税務署係員山岸清に介し、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額は三二一九万三〇五〇円で、これに対する所得税額は一〇二二万円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により、同年分の所得税額二二八四万一〇〇〇円と右申告税額との差額一二六二万一〇〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示冒頭事実を含む全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書(八通)

一  被告人作成の申述書

一  佐藤勝男(二通)、木村保仁、鈴木稔、小泉亀久雄、月見尋凡、藤田洋充、鷹合一彦及び上田晴久の検察官に対する各供述調書

一  鈴木稔(二通)、藤田洋充(二通)及び鷹合一彦の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  検察事務官作成の各捜査報告書(二通)

一  検察事務官作成の電話聴取書

一  大蔵事務官作成の各調査事績報告書(九通)

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書、事業所得調査書、資産負債調査書、旅費交通費調査書、通信費調査書、図書費調査書、雑費調査書、特別控除額調査書及び事業主貸調査書

一  検察官作成の捜査関係事項照会書謄本

一  山川榮作成の「ご照会の件についての回答書」と題する書面判示第一の事実につき

一  被告人作成の61年分の所得税の修正申告書謄本

判示第二の事実につき

一  被告人作成の62年分の所得税の修正申告書謄本

(法令の適用)

被告人の判示各所為は所得税法二三八条一項にそれぞれ該当するところ、いずれも所定の懲役刑と罰金刑とを併科することとし、かつ、情状により同条二項をいずれも適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金二五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、医師として開業するかたわら、株式の取引に興味を持ち、個人の投資家としてこれを行つていた被告人が、大口の株式取引を行うための資金を捻出するため、あるいは老後の生活資金として貯蓄するために、株式取引によつて得た譲渡所得を銀行の専用口座に預金するなどして所得を秘匿し、二年度分にわたつて合計一億〇二〇二万円余りの脱税を行つたという事案である。被告人は、証券会社の営業担当者などから株式譲渡益に対する課税要件を教示されるなどしてこれを熟知していたにもかかわらず、信用取引であれば税務署に所得を把握されることはあるまいと考え、かつ、これまで行つてきた確定申告につき、所轄税務署から不信を抱かれることがなかつたことにつけ込んで脱税を企て、これを行つたというもので、ほ脱額も右のとおり巨額に上るうえ、ほ脱率も二期分を平均すると実に八〇パーセントを超える高率に達しているのであつて、犯情まことに悪質な脱税事犯といわざるをえない。しかしながら、被告人には前科、前歴がないのは勿論のこと、これまで医師として長年にわたり地域の医療に貢献するとともに、社会活動を通じて地域のために尽くしてきたものであること、本件犯行後自ら一切の公職を辞するとともに、身柄を拘束されたため医師としての活動も一時的ではあつたが制約を受けるなど既に相応の社会的制裁を受けていること、本件で免れた税金についてはその後修正申告を行い、本税のほか、重加算税及び延滞税を納付しており、今後は株取引に関与する意思はない旨述べるなど改悛の情も顕著であること等、被告人に有利と思われる事情も認めることができる。そこで、当裁判所は、右のような有利、不利一切の事情を十分考慮し、被告人を主文掲記の刑に処し、懲役刑についてはその執行を猶予することが相当であると思料した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上拓一 裁判官 古部山龍弥 裁判官 福吉貞人)

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